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No.1203 年頭のスタート [鉄道]

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 本年も拙文「電脳少年団」、よろしくお願いします。
当地の保存蒸気機関車に関して何度かご紹介しましたが、年明けに公式ホームページを立ち上げた次第です。
※三次SL保存会
http://48650.web.fc2.com/

 昨年夏、埼玉県の大宮に保存されていた蒸気機関車(9600型)が解体されました。
老朽化や耐震などを口実に、行政は反対の声を無視する形で強行した形です。

 かつて国鉄線から蒸気機関車が廃止される頃、各自治体は競って「わが町に保存したい」と引き取り(無償貸与)を申し出ました。
その結果、路線や地域と関係の薄い機種が保存された例も少なくありません。

 とはいえ、大切に保存しているのならまだしも、荒廃して解体された機関車もあります。
ブームに乗っかると、その熱が冷めれば巨大な鉄の塊は「お荷物」になってしまい、結局は余分な経費(税金)を使って解体・撤去することになるのです。

 産業遺産という意味から、蒸気機関車は明治以降の交通近代化に寄与し、多くの人や貨物を運んだという事実を再認識すべきでしょう。
保存に関して、各地域に分散している現状が必ずしも好ましいとは思えず、例えば当地では旧機関区跡地などの遊休地を活用するなどして集めることが、一括管理と保守の容易化にも結び付くと考えます。

 何れにせよ、行政に丸投げするのではなく、自らも地域の将来を考え、行動する必要があると思います。

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No.1199 蒸気機関車の話題 [鉄道]

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 当地から蒸気機関車(以下SL)が姿を消して、この秋で45年が経過しました。
SLが牽引する列車としては木次線の貨物列車が県境を超えて備後落合まで往復しており、それが最後の定期運行です。
 
 もっとも、木次線の貨物列車が廃止となって1ケ月あまり後、芸備線の備後落合まで新見からSLが工事列車を牽引しています。
実質的には、この工事列車が「広島県内最後の煙」ということになるのでしょうね。

 画像は近日発刊の鉄道専門誌で、SLの運行に携わったみなさんの体験など、貴重な話が掲載されています。
隣町にあった機関区の乗務員が取材に応じており、45年を経て明かされる苦労話もあるでしょう。

 当時のSLは、普通というか、特別な列車ではなく、旅客や貨物の定期列車を牽引していました。
現在のSL運行、100パーセント観光用です。
その辺りの相違も、現役のSLをリアルタイムで見た人は減るばかりですから、語り継ぐ必要性を感じています。

 
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No.1198 廃車復活 [鉄道]

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 久々に北九州方面へ出向きました。
平成筑豊鉄道にやって来た「キハ2004号」のお披露目会が目的です。

 キハ2004号は1966(昭和41)年に製造されたディーゼルカーで、北海道の留萌鉄道で使用されていました。
留萌鉄道の廃止後、茨城交通に売却され、湊線(現在は「ひたちなか海浜鉄道」)を走っていましたが、老朽化で昨年末に廃車されたのです。

 あわやスクラップかと思われましたが、九州で走っていた準急型と呼ばれたキハ55系に似ていることから、保存への動きが起こりました。
茨城から北九州まではフェリーで搬送、陸揚げ後はトレーラーで平成筑豊鉄道の車両基地に運び込まれたのです。

 取り急ぎ外観の修復が行なわれ、今回のお披露目となった訳ですが、代表者は「少しずつ手を入れて、将来的には本線上を走らせたい」と話していました。
それが実現するよう、皆で応援したいですね。

 
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No.1195 間もなく95歳 [鉄道]

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 当地に保存されている蒸気機関車、48650号機は製造から95年を迎えようとしています。
記録によると、48650号機は1921(大正10)年11月に大阪の汽車製造会社で誕生した国産の蒸気機関車です。

 名古屋エリアを皮切りに、糸魚川(新潟県)~金沢(福井県)~小郡(山口県)~津和野(島根県)~下関(山口県)、そして1965年秋に三次(広島県)へ配置換え、芸備線や福塩線で活躍し、1970(昭和45)年12月に福塩線では最後となる貨物列車を牽引しました。
翌年春、正式に廃車となり、1972(昭和47)年3月から三次市内で保存され、現在に至っています。

 当初は野天に置かれていましたが、後に屋根が設けられました。
国鉄OBが定期的に掃除をしていたものの、高齢化などで掃除が行き届かず、近年は放置状態となっていました。

 見かねた鉄道愛好家が整備を思い立ち、一昨年の11月から作業を開始しました。
その後、助っ人も現れ、隣接する建物の取り壊しで半年以上も作業の中断を余儀なくされるなどしましたが、現時点で8~9割方完成に近づいています。

 各地に保存されている蒸気機関車の大半は、整備といってもペンキを上塗りするパターンが大半で、金属部分を磨くという手法は一部で行なわれているに過ぎません。
48650号機の整備は錆や元の塗装を落とし、動かせそうな部品は分解して、必要なら修理するという本格的なものです。

 過日、国鉄在職時代に蒸気機関車の掃除や運転に携わったOBが立ち寄り、「当時よりも綺麗になった」と驚いたとか。
動輪を繋いでいるロッド類も磨き出しで、自治体等に貸与されている保存機関車では稀だと思います。

 各地に保存されている蒸気機関車、近年は邪魔者扱いされて解体された車両も少なくありません。
貴重な産業遺産であり、地域の宝物として末永く残して欲しいものです。


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No.1193 レールに見る鉄道の歴史 [鉄道]

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 画像は右から、正式に廃止の決まったJR三江線全通40周年を記念して配布されたレール文鎮、1984(昭和59)年3月に廃止された南薩線(鹿児島)の記念レール、工事用のトロッコ軌道などのレールです。

 ちなみに、大きさ(高さ)は右から152mm、87mm、67mmですから、随分違いますね。
三江線の記念レールはJRの在来線や大手私鉄などで用いられているサイズですが、南薩線のそれは珍しいアメリカ製の輸入レールです。 

 日本の鉄道は本州がイギリス、北海道がアメリカからの技術を導入したのが始まりで、車両はもちろん、機材なども大部分が輸入品でした。
明治中期以降、少しずつ国産化の動きが顕著となり、大正時代には機関車なども国内製造できるまでになりました。

 前述した南薩線ですが、開業は大正時代の初旬、機関車はドイツからの輸入品、構造物も輸入品が多く、レールもそれに該当します。
レールは鉄材が貴重であった頃は用途廃止後、鉄道関連の構造物などに転用されており、現在でも各地で見ることができます。
 

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No.1177 第二の活躍に淡い期待 [鉄道]

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 JR三次駅構内に残されていた転車台ですが、関東に移設されるとか。
蒸気機関車の方向転換に用いられ、無煙化後は点検・整備で車庫に出入りする車両の振り分け等に使われてきました。

 かつての鉄道輸送を担った蒸気機関車全盛の頃、各地の機関区には決まって転車台が置かれていました。
扇形の車庫と共に、憶えている人も居ることでしょう。
転車台は県内にも5箇所以上ありましたが、無煙化以降次第に撤去され、現時点で残っているは前述した三次と、備後落合だけです。

 三次の転車台も使われなくなって久しく、荒れるに任せていましたが、東武鉄道が蒸気機関車を復活運転させるに当たり、移設して使用する計画だそうです。
地域の変遷を見守ってきた産業遺産が、またひとつ消えることになります。
唯一の救いは解体されスクラップにならず、本来の用途で活かされることでしょうか。

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No.1172 あれから45年 [鉄道]

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 当地を走る芸備線の三次以東から蒸気機関車が姿を消したのは1971(昭和46)年3月24日でした。
間もなく、45年になります。

 年配者でも、遥か昔のように感じる人も居ることでしょう。
若い世代は「親が生まれたばかり…」という人が居ても不思議ではありません。

 当時の蒸気機関車はイベント用などではなく、純然たる列車牽引用途に使われていました。
1960年代から電化やディーゼル機関車化が推進され、1975年には当時の国鉄線から営業運転の蒸気機関車は姿を消したのです。

 芸備線の三次以西は1970(昭和45)にディーゼル機関車が導入され、開け放たれた窓からの煤煙も解消されていました。
翌年春、つまり45年前に芸備線は完全無煙化されたという訳です。

 ちなみに、芸備線の備後落合から山陰に抜ける木次線には1971(昭和46)年9月末まで蒸気機関車の牽引する貨物列車が運行されており、その列車が広島県内最後の蒸気機関車ということになります。


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No.1171 間もなく32年 [鉄道]

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 過去、拙文で何度かご紹介した鹿児島の南薩線ですが、来月で廃止から32年を迎えます。
当時、地元記者が取材などで得た感想が記事になっていましたので引かせて貰いました。


 『南薩線の廃止が決まった。70年の風雪を走った鉄路の歴史は、栄光と挫折の連続だった。だが、その末路はあまりにも哀れだ。弓折れ矢尽きての安楽死…あきらめの情より、なぜここまで放置したのか、と怒りすら覚える。

 南薩線の終末を人間の体に例えてみた。同線は20年前ほどから乗客減=赤字増大というガン細胞に侵されていた。だが、投薬や切開手術(集客努力や施設の近代化)など、これといった対症療法は施されず、ただ食事制限(会社のいう「日本一安い経費」)の延命策に終始した。家族(沿線住民)との対話も少なかった。その間、病状は悪化するばかりだ。そんな矢先、主治医(会社)は突然「もう寿命は尽きた」とサジを投げた。家族はろうばいするばかり…。

 悪いことは重なるもの。昨年の6.21水害で加世田・枕崎間の下半身が機能停止、頭部(大田隧道)の機能までやられた。起死回生にかける資金もなく、家族会議も泣く泣く安楽死に同意…。
 
 伊集院・加世田間開通は大正3年。鹿児島本線は鹿児島・串木野間、日豊本線も都城までしか開通していない時代だ。南薩の近代化を願い、自力で鉄路を敷いた先人の進取の気概が伝わってくる。加世田・万世間などは、住民が進んで用地を無償提供、建設費4万円余をかき集めて会社に貸し付けている。鉄道にかけた住民の熱意と期待を物語るエピソードだ。

 廃止も時の流れ、といってしまえばそれまでだ。しかし、先人の鉄道にかける情熱に比べ、あまりに も安易で、策のない廃止劇ではなかったか。廃止後の用地は会社が確保するという。一度死んだ鉄道が再生することはあるまい。せめてその一部でも地域開発に役立て、先人の遺志を継ぎたい。』
※1984年2月8日 南日本新聞朝刊より


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No.1165 誕生94年を祝う [鉄道]

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 三連休は天気も良く、遠出をした人も多かったことでしょう。
隣町に保存されている蒸気機関車(以下SL)が誕生から94年を迎え、そのイベントが催されたので、模型の出前運転を行ないました。

 SLは8620型で、1921(大正10)年に製造された48650号機です。
芸備線や福塩線で活躍した後、現在の地に保存されています。
昨年末から有志が整備を続けた結果、空気で動く箇所も多くなり、この種屋外に置かれたSLの中では最高に近いコンディションらしいです。

 イベントはSLの運転室にも入れ、構造などの説明も聞ける貴重な内容です。
幼児を連れた親御さんは自らも保存運転以外のSLを知りませんから、新たな発見があったり、年配者は昔を懐かしむというシーンも多く見られました。

 今回、NNさんやYTさんの協力を得て、模型の列車を走らせました。
現物を前にすれば模型は迫力に乏しいのですが、意外にも子供たちに大人気。
クリスマスプレゼントも近くなっており、親にせがむ子供も居ました。

 わずか1日のイベントで規模も小さかったのですが、皆で協力してやり遂げた満足感は何とも言えませんね。
貴重な産業遺産である48650号機を大切に保存して、次世代に引き継ぎたいものです。

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No.1163 懐かしい景色を見て考えること [鉄道]

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 普段はJR化後に誕生した軽快なディーゼルカーが走るだけの当地ですが、臨時列車で久々に国鉄型車輌を見ることができました。
JRになっても、しばらくは国鉄型車輌が使われていましたが、発足から30年近くが経過すると、新しい車輌が増えて来るのは、ある意味仕方ありません。

 廃止問題が浮上した三江線もそうですが、当地の鉄道依存度は低く、多くの人は自家用車を利用しています。
少子化に加え、運転免許を持つ老人が増えたことで、鉄道以外でも、公共交通機関の利用者は減るばかりです。

 国鉄を分割して民営化したことすら、まともな検証が行なわれてないが故に、三江線などの問題も出てくるのだと思います。
儲からないから止めるのか、といえば、確かに採算性も無視はできませんが、公共性を考えた時、数の大小だけで決めるのは果たして如何なものでしょう?

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