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No.1025 亡き友の遺言 (2) [アマチュアビデオクラブ]

引き続き、Mさんの文章をご紹介します。

【構造改革(案)】
フォームの崩れを修正するには
①初心に帰ること
②足元から一歩一歩
③面倒がらない
④未知への挑戦、などを心がけたいと思っています。

社会を見る目を養おう
・制作目的
 題材日常の中から関心を持って問題点を見つける「頭」と「心」の訓練

・問題点の解釈
 すべて、ああ良かったに終わらず、「なぜ」、「どうして起こったか」、「私ならどうする」と、過去の歴史的背景、現在置かれた立場と将来を見つめ、私なりに、過去、現在、未来を一本の糸につないでみる。
先人の知識を、次の世代に引き継ぐ役目に徹する。

編集方法
・5W1Hで、3分間にまとめる
3分間作品づくりのため
①5W1H手法
②起承転結
重複カット、余分なカットを捨てて、3分間に凝縮する。
主義、主張を入れて個性を出すように心がける。

「ローマは1日にして成らず」と言われています。
「継続は力なり」をモットーに、「構造改革」もお題目に終わらないよう頑張りたいと思っています。
 
【最後に】
 当クラブで恒例の方が頑張っておられる姿を目にできることは、私にとって非常に励みとなります。
世間では、「忘れた」、「覚えられない」と、年齢のせいでギブアップを聞きますが、カタカナ交じりの外国語、身勝手なパソコンを操作してノンリニアができることは何と素晴らしいことです。
先輩の血のにじむ努力と情熱はもちろんのこと、また、サポートされたKさん、仲間の支えがあったからこそと思っています。
こんな立派な先輩をお手本にして、将来ビデオをやってよかったという日を夢見て、新たな気持ちで頑張りたいと思っています。
★完★

いわば志半ばで亡くなったMさんでしたが、氏の思いを受け継ぎ、仲間と共に頑張って行きたいと考えています。

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広島ビデオコミュニケーションクラブ(HVCC)
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No.1024 亡き友の遺言 (1) [アマチュアビデオクラブ]

 早いもので、会員のMさんが亡くなって2年が過ぎました。
10年前、氏が例会で発表されたリポートが残っています。
以下、氏の文章をご紹介して行きたいと思います。

【はじめに】
 私はHVCCに入会させていただくまでは、ビデオは自分で楽しめばという安易な気持ちで、付き合ってきました。従って、何も訴えるビデオもなく、自分のいい加減さに気がつきました。
この機会に、ビデオを通じて交流の輪を広げ、残りの人生を有意義にするため、私のビデオ構造改革に向けて総括してみました。

【反省点】
ビデオを始めた動機
・孫の成長記録(孫が生まれた)
・旅のカメラ代わり

撮影の反省点
・事前の調査も手抜き
 行き当たりばったり、旅ビデオ、グルメビデオに終わった

・目的意識の欠如
 「成る程」といった作品のバックボーン無し

・起承転結の欠如
 ストーリーがバラバラ

・5W1Hの欠如
 主役、舞台が不明

編集の反省点
・重複カット多し
・要らないカットを捨て切れない(自分だけの思い込み)
・3分完結の意識ない(ダラダラ長く、凝縮されてない)

目的意識の無いビデオは長さばかり目立って、共感を呼ぶビデオでない。
「ああ楽しかった」、「また行こう」と、その場限りの作品になった。
★続く★

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No.1019 悩み多き集い [アマチュアビデオクラブ]

den1019.jpg

 ほぼ毎月、ビデオクラブの例会を催しています。
今世紀の初め、それまでの方式を改めた「ノンリニア編集」を、多くの仲間が採用しました。

 それまでは、VTRを複数並べて編集していましたから、方式としては全く異なります。
VTRの間に、タイトラーやエフェクターなどを介在させ、装置一式だと相当高価でした。

 黎明期のノンリニア編集は、PCの能力が低く、HDDの容量も少なかったので、大いに苦労したものです。
価格も、現在より数倍高価でしたが、操作に慣れると便利、しかも画質劣化が少ないということで、次第に普及しました。

 当クラブでは、例会時に各自の編集システム、つまりPCを持参することにしています。
「人前で操作するのは恥ずかしい」という人も居るでしょうが、気心が知れた仲間なら、そうではないはず。
運搬は少々面倒ですが、お互いの取り組みや、悩みなども出し合い、機器の調整なども行なえるので、まさに好都合です。

 ただし、良いことばかりではありません。
時に、システムの不調が重なり、上手く編集ができないなどという事象も発生しますから、その解決に向けて、共に考えることが必要です。

 他で多く行われている、何となく集まって、作品を上映して終わる方が、数段楽なのは分かっていますが、問題を解決した時の爽快感は、取り組んだ人にしか分からないと思います。
巷は「動画編集」と呼ぶ人も多いようですが、私たちが取り組んでいるのは「ビデオ編集」です。

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No.1006 作品づくり苦労話 (14) [アマチュアビデオクラブ]

1995年12月、当時広島市内に在住のアマチュア映像作家Kさんと対談する機会を得ました。
その頃、クラブの会報はプリントした物を配布しており、現在のメール配信からすれば、手間がかかっていたのも事実です。
そのクラブ会報の発行100号を記念して、前述した対談となった次第で、翌年春、冊子にまとめて配布しました。
これまで何度かに分けて、収録した内容をご紹介してきましたが、今回は「最終回」です。

※文中、◎がKさん、㈹は聞き手である私
 原文のまま転載

【苦労してつくる20分の作品】

ここでKさんご自身の将来的な夢というか、展望のようなものをお聞かせください。


一口で言って、迷ってしまいます。
その時々で自分の調子もまちまちです。
当然、スランプもあります。
東京での発表会(映像二人展)が終わってから、じっくり考えようと思います。
 自己表現ということで言いたいことを言うのですが、長いんですよね。
どうしても言いたいことが多いから、苦労の末に切り縮めて20分にしています。
それてせも自分では短くしたと思っても、第三者から見たら長いと思われるんですよね。
だから5~10分の作品を、と思うのですが、「重さ」が違ってきますね。


いままで拝見した作品のなかで、多少不要なシーンがあったとしても、あの長さは余裕を持った時間だと思います。
それを10分で、ということでしたら、「移ろえど…」にしても「生き生きて…」にしても完成していないでしょうね。


説明の部分は、どうしても必要なんですよね。
例えば「移ろえど…」でも、話は一人が5~6分程度です。
これをストレートにつないでいったのでは、この人が、どういった背景で、どう思っている人かがわからない。
だから、説明も必要なんです。
この人たちの話ばかりだと、ダラダラしてしまいますから、途中のシーンも生きてくるはずです。
 そういった点ではテーマの絞り方も含め、ほのぼのとした内容の作品や、楽しい作品にも取り組んでみたいし、人間に迫る思いものというか、風刺的な作品もやってみたいと思います。


Kさんの場合、作品のつくり方が慎重だと感じるんで、量産は無理だろうと思いますが、やはり考えて制作されるので、その方が良いと思います。


○○さんは年に何本くらいつくれますか?


長短や善し悪しを抜きで、4~5本程度でしょうか。
本当に悩んで制作するというのは1~2本になります。
来年も、上半期は1本にかかりきりになりそうです。


私の場合、軽いタッチの作品を気休めにやってみようと思っても、何か妙な色メガネで見られるし、プレッシャーそれ自体もありますね。


Kさんは「社会派」というイメージが作られすぎているからでは?


自分自身は、楽しい作品の方が好きなんですよ。


今後も、こだわった作品づくりに取り組まれることを望みます。
どうも長時間ありがとうございました。
★完★

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No.1005 作品づくり苦労話 (13) [アマチュアビデオクラブ]

1995年12月、当時広島市内に在住のアマチュア映像作家Kさんと対談する機会を得ました。
その頃、クラブの会報はプリントした物を配布しており、現在のメール配信からすれば、手間がかかっていたのも事実です。
そのクラブ会報の発行100号を記念して、前述した対談となった次第で、翌年春、冊子にまとめて配布しました。
以下、何度かに分けて、収録した内容をご紹介したいと思います。

※文中、◎がKさん、㈹は聞き手である私
 原文のまま転載

【完成後も時間を置いて再検討】

確かに、撮ったテープ1本のNGだけ抜いて、BGMを入れて…、言い方は悪いのですが、この方が楽に決まっていますね。


そうした内容だけだったら楽しいですよ。
必要なカットが、どのテープに入っていたのかを探す手間もかからないだろうし…。


以前撮影した素材テープも保管しておくと、今年は紅葉が撮れなかったから昨年の画を使おうか、ということも可能です。
流行を追った取材は別として、自然の風景に関してはストックした素材が再利用できます。
 そのあたりから必要な画、不要な画というのを分けていかないと、何でもかんでも撮り下ろしの素材でしか作品をつくれない、という発想を転換する必要がありますね。
 最初の段階で、何を何のためにつくるのか?というところからとらえ返すと、画も必要なのか不要なのかが当然出てきます。
そうでないと、それなりに編集はできるだろうけれど、10年20年先にも鑑賞に耐えることは難しいだろうと思います。


私は一度つくった後でも、時間を置いて再度見直すことにより、手直しをしています。
例えば20分の作品で、手直しが30箇所あるとします。
それを修正しても二回目でも10箇所、三回目でも5~6箇所出てきます。
 しかし、締切まで間が無いで、それで出す。
出した後でも、ここはこうしておけば良かった、ということもあります。
それだけの余裕を持つと、客観的に見られるし、ギリギリになることにより、逆効果が出ることもあります。


私も作品のペースが速すぎる傾向がありました。
最近ではカット表を書いたりしています。


私はコンテは、やったことがありません。


コンテには相当時間がかかります。
必要性はありますが難しい…、ただ、カット表はあった方がいいですね。
作品の内容にもよりますが、いい加減なつなぎ方では、やはりそれなりの作品しかできませんから…。


そういった事例は、私にもあります。


1秒以下、フレーム転移の管理は難しいこともあって、アマチュアの場合は、まだまだ当てづっぽなじった意がまかりと追っている世界ですからね。
カメラもしかるべきですが、編集システムにも力を入れると「精度の高い編集」、つまり字余りや途中切れといった現象を少なくできるはずです。


ビデオをやつている人で、アフレコやインサート機能のあるVTRを持っているのはどれくらいなのでしょうか?


一概には言えませんが、例えば主に子供の行事を撮る人がいるとします。
そうした人は9割程度、それらの機能を必要としていませんね。
せいぜいダビングして終わりでしょうか。
たとえ機能が付いていても、使い方がわからない場合も含め、使わない人が大部分ではないかと思います。


そうなると、BGMも入らないでしょう?


よく聞くのが、ダビング時にBGMを入れる方法です。
言い方は悪いのですが、子供の行事などを撮った作品は、自分の子供は良く撮れていますが、何をどうやった場所でやっているのかがわかりにくい内容のものが多いんです。
やたらズーム最望遠のアップばかり、ロングの画が少ないことも影響しています。
自分の子供しか撮っていないから前後の状況がわからないし、運動会にしても学芸会にしてもそうですね。
 要は他人に見せようと思って撮っていないし、編集されていないからそうなのでしょうけれど…、そのあたりが、撮影するだけの一間一般的な現状ではないかと思います。
だから、見る人も「面白くない」ということになるのでは…。
 しかし、撮った人にとっては我が子は宝ですから、自己満足でもいいのでしょうが、実際には、当の子供自身が見ても面白くないのではと思います。
私の場合、子供から「自分は見られないので、他の競技なども撮って欲しい」と言われていました。


自分がこうしようと思っても、なかなか思い通りにはなりませんものね。
昨年のビデオポエムのなかで、小学校の運動会の競技に幼児が飛び入りしたという作品がありましたが、あれは面白かった。
ああいうのは、子供が転んだり落ちたりというのと違って嫌味がありません。
ユーモアがあって、本当に笑えると思いました。
★続く★

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No.1004 作品づくり苦労話 (12) [アマチュアビデオクラブ]

1995年12月、当時広島市内に在住のアマチュア映像作家Kさんと対談する機会を得ました。
その頃、クラブの会報はプリントした物を配布しており、現在のメール配信からすれば、手間がかかっていたのも事実です。
そのクラブ会報の発行100号を記念して、前述した対談となった次第で、翌年春、冊子にまとめて配布しました。
以下、何度かに分けて、収録した内容をご紹介したいと思います。

※文中、◎がKさん、㈹は聞き手である私
 原文のまま転載

【音声も映像と同じく重要・・・その②】

TV局のように、役所などを通して協力してもらえるのと違い、ある程度は行き当たりばったりになりますね。


私も現役ではありませんから、取材も難しいし、肩書きが無いから人の見方も違うと思いながら、それならそれで開き直りも良かろうと、「蟷螂の斧」は、その意味でひとつの挑戦であったわけです。


例えば旅行の記録だと、あらかじめコースが決まっている場合が多いです。
つまり、時間も、場所も、宿泊箇所、食事も決まってしまっているので、お膳立てされた撮影になってしまい、参加した人は別として、面白くないんですね。


なかなか意外性も出てこないしね。


TV局の取材ではありませんが、第三者へ全てを手伝ってもらうのがアマチュア本来の取材なのかということですね。
可能な限りは自分で調べるというか、たとえ行き当たりばったりであっても人に聞いて教えてもらうとか、当然する必要があるし、それをつくろうとする意思の表れだと思います。
そうでないと、単に風景を撮って終わり、ということになりますね。


取材には勇気も要るし、体力も使う。
努力しなければなりません。
その一歩手前で止まって、「私にはできない…」と言う人が割と多いんです。
私の中にも、そういった面はあります。


理想的には、そうした手法を取るべきだと思います。
私自身も試行錯誤しているところです。
話は変わりますが、現在話題になっているDVCもV社製のようなコンパクトサイズだと、相手に意識されにくいという点で便利でしょうね。


音声を収録するという点だけでも意味があります。
カメラを構えると、どうしても相手は意識するものです。
音声さえ入っていれば、あとは画をインサートすることもできますからね。


資料館などでも、内部にどの程度は入れるのか…、話くらいだったら関係者にしてもらえるだろうし、詳しい人も居るだろうから「教えて欲しい」と言えば、ある程度の協力は得られるだろうと思うんです。
しかし、マスコミと違いますから、第三者に頼ったとしても、最後は自分自身どう取り組むのかが問われますね。


その点撮影会といった催しは、あらかじめお膳立てがあるので、個人的にはあまり好きではありません。
撮影会は、あくまでも撮影が主体ですし…。


HVCCでは、クラブ自体での撮影会という名目では行なわない方針です。
具体的には帝釈峡での合宿で行なったように、フリーにしたいと思っています。


そうだったから雨あり雪ありで…、フリーでよかった面があります。


全員が一緒にゾロゾロ撮り歩くというスタイルは、そろそろ卒業すべきだろうと思うんです。
どうせ同程度の出費をするのだったら、一本でも多くの作品を見るとか、お互いに意見交換するとかが必要だと思います。
 これだけははっきりさせておきたいのは、今回の合宿はKさんを講師として呼んだのではなく、ひとりのビデオ仲間として共通の認識に立てれば、ということだつたわけです。
この点はメンバーにもある程度理解してもらえただろうと思いますが、まだまだ見る目がそうですから、それを払拭するためには今後も執拗にやっていく必要があるでしょうね。
 今回聞いてみたのですが、みなさんコンテストにも出していないそうなんです。
やっぱり、出して欲しいですね。
とにかく、出すことから始めて欲しいんです。
当然締切がありますから、それまでには完成させなければなりません。
それが目標にもなりますし、コンテストが全てというわけではありませんが、人間は切羽つまらないと物事ができないという弱さもありますからね。


だけど、ぬるま湯につかっていた方が楽は楽ですよ。
★続く★

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No.1003 作品づくり苦労話 (11) [アマチュアビデオクラブ]

1995年12月、当時広島市内に在住のアマチュア映像作家Kさんと対談する機会を得ました。
その頃、クラブの会報はプリントした物を配布しており、現在のメール配信からすれば、手間がかかっていたのも事実です。
そのクラブ会報の発行100号を記念して、前述した対談となった次第で、翌年春、冊子にまとめて配布しました。
以下、何度かに分けて、収録した内容をご紹介したいと思います。

※文中、◎がKさん、㈹は聞き手である私
 原文のまま転載

【音声も映像と同じく重要】

私の場合ですが、有料の講習会などには行ったことがありませんし、大体は自分で研究しながら取り組んできました。
当然、自己流のところもありますが、やはり「習うより慣れろ」とは良く言った言葉だと思いますね。


○○さんの場合、メカに強いから…。


実際はKさんと似たような感じなんですがね…。
私が思うのは、機器を更新すると習熟期間が必要で、その間は作品つくりにも支障をきたすことが多いものです。
だから、使用する機器はある程度でよいと思います。
こんなことを言うと、メーカーや販売店さんも儲けたいから困るのでしょうけれどね。


私も購入した音声用の機器に不慣れなため、時間がもったいないと思うのですが…。
ビデオの世界は、とにかく、みなさん「きれいな映像を」と言いますが、音声についてあまり言う人がいないんですよね。
私自身がやってみて、音声が上手くいかないんです。
音声というものは、映像の世界では画に匹敵するような重さがあるのではないかと思っています。
実際、音声がそのシーンを盛り上げる場合も多いと感じるのですが…。


みなさんの作品を見て思うのは、総体的に音声のレベル、つまり大きさが過大な場合が多いんですね。


音声レベルにしても、「過ぎたるは及ばざるがごとし」ということですね。


たとえばナレーションのある場合でも、BGMのレベルが高いので、何を話しているのかわからないということもあるんです。
大体は7対3の割合とか、法則のようなものもあるんですけれどね。
一般的に聴いた場合にナレーションの上手下手以前に、音声レベルの適正化、つまり聴く側に立った音づくりがまだまだ不十分な気がしています。


みなさん映像に凝るくらい、音声にも凝って欲しいですね。


映像を編集し、アフレコでBGMを入れる手法が一般的ですが、その場合も画とBGMのテンポまで考慮して、というような作品はどちらかというと少数になってしまうのが現実だと思っています。
そこで、広島なら原爆、平和問題ということになるのでしょうが、今年で節目の50年を過ぎるということで、来年はアマチュアのなかから作品化する人は出てくるのでしょうか?


ビデオにこだわる人は、どちらかというと意識が高いと思うので、来年以降も「だから、今こそやるんだ」という人が出てくると思いますね。


それが本当の意味での自己主張だろうと思います。
単にその時々の流行作品だったら、マスコミとの二重写しになりますから…。
私も、来年は九州方面を題材に考えているところです。


話を聞いてみて、楽しみにしています。


遠方なのでアポ取りも含め、取材が大変だろうと悩んでいるんですよ。


取材の場合でも、風景とか静的なものだけを撮っていくだけならいいのですが、相手が人間の場合に、どうコンタクトを取るのか、取れるのかという点で難しさがあります。
★続く★

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No.1002 作品づくり苦労話 (10) [アマチュアビデオクラブ]

1995年12月、当時広島市内に在住のアマチュア映像作家Kさんと対談する機会を得ました。
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【人の作品は静かに見よう】

第三者に見せるのも、場合によっては厳しいこともありますね。
興味がなかったら反応を示しませんし、その場を逃げることさえあります。
やはりTVと根本的に違うのは、見る側の先入観もあるんですよね。
例えば「これはプロが制作した作品ではない」とかですね。
じゃあ、みなさんがTVの番組をどの程度理解して見ているのかというと、これも疑問なんですね。
理解して見る、そのためには集中しなければならないわけです。
物事に集中するということは、すごくしんどいことだと思います。
他の上映会などでも、すぐにしゃべり出したりする人を見かけます。
第一、人の作品上映の最中にベラベラしゃべること自体、失礼なことでしょう。


作者の側からするならば最大限の努力をしているわけですから、静かに見るのが礼儀だと思いますね。


まず、そこから始めないと…、人の作品が見られないということは、同時に自分の作品も見てもらえませんね。
私たちHVCCも8年間活動していますが、人の作品を見ることと自分の作品を見てもらう、それを媒体としてお互いの作品づくりに取り組む、ということを第一課題に据えています。


そうなると、「この人は技術的には…だが、すばらしい感性があるのか」と驚くような、人それぞれにいいものを持っているんですね。
それが画であったり、音であったり、仲間との会話であったりするんですね。


やはり静かに見ることによって、作者の訴えたいことや微妙なニュアンスも見聞きすることができるわけですよね。


例えば、たつた一言の「が」という反語があるかないかを聞き流すことによって、流れ自体変わることすらありますから、集中して見なければなりません。
制作者本人は技術レベルとかに関係なく、精いっぱいやっているんですから。


これは他でのことなのですが、一杯飲みながら互いの作品のあら探しをするようなこともあると聞きます。
これは良くないですね。
単なるストレス発散がもくてきならともかく、そうした場で人からコケにされたら気分がいいか悪いか…、それに一杯入るとデタラメな人もいますから、無礼講は良いとしても、無自覚・無神経はまずいですね。
適度のアルコールは気分をやわらげることになり会話も弾みますが、何でもかんでも言い放題は相互の親睦以前の問題でしょう。
自分でブレーキがかけられない人は飲まないか、その場を離れるしかないと思います。
これは、一般社会においてもそうですが、趣味だからと甘えるのはどうなのでしょうかね。
 全国にはクラブと名のつく組織は多いのですが、制作者の苦労をくみ取ろうとするのでなく、何となくザワザワと見たような感じで終わってしまっているのが、けっこう多いらしいんですよね。
そのあたりはビデオが趣味と言いながら、自分の意識を変えるに至っていないというか、カラオケ好きの人には悪いのですが、唄っている人の隣では次の曲を探している。
だから聴いていないんですよ。
つまり、本人たちが思うほどコミニュケーションになっていないのでは、と思うのですが…。
それは上手な人が唄って「上手い」と言われれば、本人は優越感にひたれるのでしょうけれど、実際には本気で聴いてない場合も多い、これはビデオにもあてはまるわけですから、そのあたりが難しい点でしょうね。


作品づくりにしても、たとえ自己陶酔的なものであっても、つくらないよりはつくった方が良いと思うんです。
その作品自体が、他の人の鑑賞に耐えられるものかどうかは、自らがわかってきますから…。


私たちも6~7年前でしたが、カラオケビデオ的な作品をつくってみようと取り組んだ時期がありました。
今もそうした作品だけを手がける人もいます。
見る人は「またか…」とあきれる場合もありますが、ただ、インサート編集の勉強にはなります。
使用する曲の時間が決まっていますから。
何でもやってみるというのは大切ですね。
やらないで、とやかく言うのは評論家にまかせておけばいいのですから。


失敗したら失敗でいいのだし、けっこう生き抜きでも楽しめればいいんです。


これは某TV局のクラブの話ですが、モデルさんを使った撮影会とか、ああいう行事もたまには良いと思いますよ。
みなさん、適齢期の娘さんを撮影する機会が少ないとかで、なかなか好評でした。
ただ、滅多にないことでしたら、よけいチャンスに強くなるというのか。カントかコツも必要になってきますね。


下手でも何でもいいから、とにかくカメラを回さなければならないし、編集もしなければならないし、そのために問題意識を常に持って作品をつくろうとする姿勢がなければなりませんね。
ビデオカメラを持つ全ての人にそういったことを求めるというのも、自分たちがまがりなりにも編集することができるようになったから、そんなことを言うのだろうと思われるかも知れませんけれどね。
私の場合は未だ挑戦中ですが、それでも決して楽にここまで来たわけではありません。
★続く★

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No.1001 作品づくり苦労話 (9) [アマチュアビデオクラブ]

1995年12月、当時広島市内に在住のアマチュア映像作家Kさんと対談する機会を得ました。
その頃、クラブの会報はプリントした物を配布しており、現在のメール配信からすれば、手間がかかっていたのも事実です。
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ビデオは自己表現の良い手段・・・その②】

行って撮った人も、景色はファインダーを通してしか見ていないんですね。
これはビデオのいい所でもあり、悪い所でもあり、写真も一緒なんですが…。
帰ってから見て、「こうだったのか」とか、「もっと違う所を撮れば良かった」とか、よくあるんですよね。
やはり、被写体の周囲を一度廻ってみる。
自分の目と体で…、表から見ると丸いようだが裏は丸くなかったとか、いろいろありますよ。


私も、表だけというより、裏にも廻ってみたいんです。
例えば、お寺へ行って落書や願い事とか…、こういった表だけでなく、人間でもそうだろうけれども、社会でもそうだし、いわゆる良寛さんの「裏を見せ、表を見せて、散るもみじ」じゃないけれど、人間にもお寺にも社会にも、表裏でひとつのものなんですよね。
表だけでは見たくないな。
それだけでは、本当のものではないと思います。


先程も「性格が出る」とのことでしたが、あえて言うなら、みなさん方もう少しビデオの中に感情というか、自分の意志を出すべきでしょうね。
今年は戦後50年ということで、特に盆頃まではマスコミ等が明けても暮れても、その類の番組が流れない日は無かったわけですが、8月15日を過ぎたらバッタリと途絶えてしまったんですよね。
ちょっとな避けないな、という気持ちです。


来年、マスコミがどう出るのか、見守りたいですね。


Kさんの作品にも一貫してあったのですが、そういった苦しみや悲しみは続いているんですね。
人間が愚かなことをする限りずっと続くわけなんで、これは核実験や各地の紛争でも一緒なんですね。
現時点で、日本ではそうしたことがありませんが、世界を見渡すとそうなのですから、単に日本だけが良ければそれで良いのかという問題でもあるし…。
たかだか50年前のことですよね。
何かすごく昔みたいとか、アメリカと戦争をしたこと自体知らない人さえいる。
何だ、これは!!というような現実があるんですよね。


「移ろえど…」でも出しましたが、「年寄りの愚痴と思うて聞いてください」は、広島の人間にとってみれば、年寄りの愚痴どころではないんです。
しかし、これが広島を一歩出た場合、「いつまで原爆にこだわっているのか」、「戦争の被害は東京でも北海道でも大なり小なりあるんだ」ということが多いんですよね。
だから、それに対しての反語じゃないけど「年寄りの愚痴と思うて…」というような言い方、持ってまわったような言い方になったわけです。


何でもそうですが、当事者にならないと痛みや苦しみはわかりませんよね。


経験した者でないとわからないことが多々あります。
第三者に見ていただいても、「ここはおかしい、そこは画が足りない」などと、いとも簡単に言われます。
確かに、第三者で客観的に「なるほど」と納得いくものはたくさんあります。
あるけれど、全部が全部納得はできないものもあるし、実際につくっている人にしかわからないものがあるんですよね。
これは自分の経験したものでなければ、わからないことだと思うんです。
だから人の痛みというと、きれいな言葉かも知れませんが、実際にどこまでわかっているのでしょうか?
ただ、作品をつくる者同士には、それがお互い苦労としてわかるんですよね。


だから、ひいき目に見ることもあったれで、良し悪しの点なんかも…。


お互いに傷の舐め合いのようになってしまいますけれど、その点はやっている者にしかわからないところがありますね。
★続く★

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No.999 作品づくり苦労話 (8) [アマチュアビデオクラブ]

1995年12月、当時広島市内に在住のアマチュア映像作家Kさんと対談する機会を得ました。
その頃、クラブの会報はプリントした物を配布しており、現在のメール配信からすれば、手間がかかっていたのも事実です。
そのクラブ会報の発行100号を記念して、前述した対談となった次第で、翌年春、冊子にまとめて配布しました。
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ビデオは自己表現の良い手段】

絵とか写真でもそうですが、物をつくって残すという作業は先の世代に残せるわけですから、家族・イベントもしっかり撮っていただくと共に、単に素材のままだったら将来人が見ても理解しにくいので、やはり作品にするという努力が必要ですね。
 作品にしたものだったら100年後に見ても、制作者が何を言いたかったか人間が人間であり続ける限りは理解しようとするはずですよ。
まあ、宇宙人になっていたらわかりませんけれどね。
私たちが100年前やそれより昔の書物などを見ても、理解しようとすればできるのと一緒で、それを理解しようとしなければ、現在の物でもできませんからね。
物をつくって残せるのは、ありがたい趣味だと感じます。


残せるということ、それも社会的な背景とか風物とか、こうした物が取り込めて動きと音のある映像ということ、私としてはいい道具というか、自己表現の手段だと思いますね。


Kさんもそうですが、生まれた時にはビデオはもちろん無いわけで、よけいにそうしたありがた味をかんじるのではないでしょうか。
現在の子供たちは生まれたときからカラーTVで、ビデオもある、ゲームもある、何でもあるわけなんですが、逆に物が豊富すぎてありがた味がわからないということにもなってくるだろうと思います。


特に、私は幼少の頃の写真も無いわけですから、こうした記録に残る物についてはありがたいというか、執着がありますね。


物がありすぎるとありがた味がわかず、物を大切にしないことにもなるし、テープが安価だということでダラダラ撮ることにもつながります。
撮ったら編集すれば良いのですが、長い素材のままを見せられたりしたら、ちょっとたまりませんよね。
本人はガマンできるでしょうけれど…。


未編集の素材を人に見せるのは、ちょっと考えなければ…。
見せられる人がよほど退屈しているのなら別ですけれどね。
毎日時間に追われているわけで、海外旅行をしてきたからと、2~3時間のものを見せられてはたまりません。
★続く★

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