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No.1209 時を経て [鉄道]

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 当地のJR線から「急行列車」が姿を消して、今年の6月末で10年になります。
急行列車自体はその後も各地に存在しましたが、当地のそれは国鉄時代の急行用車両を使用していたことが特徴です。

 昭和30年代半ば以降に製造された古い車両でしたが、乗り心地は悪くなかったと思います。
その昔、全国で急行列車として活躍した車両も、前述した10年前は急行として使用しているのは当地だけになっていました。

 快速列車に置き換わる形で急行列車が廃止され、これらの車両も廃車の運命を辿ったのです。
かろうじて2両が昔の塗装に戻して岡山エリアで数年間イベント運転などに使用された後、現在は津山市内の旧津山機関区に保存されています。

 廃止から10年ということで、節目の意味もあり、写真展示を企画しました。
http://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/rekimin/29-1gallerry.html
公立の歴史民俗資料館なので入館料は必要ですが、地域の歴史的な常設展示も見ることができます。 ※高校生以下、65歳以上は無料

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No.1208 伝えることの重要性を痛感 [歴史]

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 先週末、鹿児島に出向いていました。
薩摩半島の南さつま市にある旧陸軍の飛行場跡で慰霊祭が催され、それに参列しました。

 万世飛行場は先の大戦後半に急造された飛行場です。
旧陸軍では近隣の知覧飛行場が有名ですが、万世は知覧の補助的な位置づけで建設されたとか。

 慰霊碑が建立されて46年、慰霊祭も第46回でした。
戦後72年ですから、その間の空白は①敗戦で資料が消失、あるいは散逸、②生き残った旧隊員の大部分は県外出身者、③戦後の復興、各自が生活に追われた、等々の理由によります。

 1960(昭和35)年、万世飛行場に駐屯していた飛行隊の元隊員が加世田市(現在は南さつま市)を訪れ、慰霊の思いを強くしました。
市役所に慰霊基金を寄付、各地の遺族を訪ねる活動などを通じ、慰霊碑建立にこぎ着けたそうです。

 その後、遺品などを展示する祈念館も完成して現在に至っていますが、前述の旧隊員は5年前に死去されました。
その功績を称えようと、祈念館入口付近に顕彰碑が建立され、訪れる人に歴史を伝えています。

 今年の慰霊祭では、ご遺族代表が東北の震災に遭われた方で、「自然災害は防ぎきれないが、人為的な戦争は防げる」と述べられたのには考えを同じくしました。
また、地元高校生の代表も「福祉実習で高齢者が亡くなるのを直視して、万世のことも身近に感じられるようになった」と述べ、彼らが次世代に語り継いで欲しいと願っています。

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