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No.1216 忘れてはならぬこと [歴史]

 盆休みも終わり、普段通りの生活に戻ったという人も多いと思います。
8月15日前後は戦争~終戦を意識したTV番組、新聞記事などを見る機会が増えました。
しかし、一週間、そして半月と過ぎれば、潮が引くように見られなくなります。

 日本が正式に降伏したのは1945(昭和20)年9月2日、東京湾横須賀沖に停泊中の米軍戦艦上で行なわれた降伏調印です。
8月15日を過ぎても外地では兵士に加え、現地で暮らしていた邦人も不安な状況だったと聞きます。
国内でも徹底抗戦を叫ぶ勢力が居たりして、混乱していました。

 そのようななか、朝鮮(現在の韓国)に駐留していた兵士が日本に向けて脱出した逸話が残されています。
鹿児島の出水海軍航空隊は朝鮮の光州に移動していましたが、当時17~8歳の少年兵たちが祖国に向けて脱出を図りました。

 8月下旬、釜山港に集まっていた邦人のうち、約70名と共に借り上げた漁船で祖国を目指したのです。
エンジントラブルはあったものの、嵐にも遭わず、3日がかりで山口県の角島に到着しました。

 当時の角島に本土とを結ぶ橋は無く、地元民の計らいで本土に渡り、やってきた憲兵に朝鮮からの脱出と経緯を説明するとともに、拳銃や軍刀を引き渡し、憲兵から復員に必要な「帰郷証明書」と「無賃乗車券」を貰ったそうです。

 その後、空襲で焼け野原となっていた下関に行き、手持ちの外貨日本円に交換しようと試みるも目当ての税関や銀行も焼けて営業休止。
時あたかも埠頭には朝鮮に帰ろうとする人たちが多く居て、彼らの日本円と交換した逸話も残されています。

 あれから72年、彼らが存命なら90歳、一緒に帰国した人々も子供を除けば他界した方が多いと思います。
約80名が全員無事に帰国できたこと、これも戦争の歴史です。

※参考文献 『関門 焦土の記憶』

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