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No.1224 気持ちも新たに [アマチュアビデオクラブ]

 本年も「電脳少年団」をよろしくお願いします。
昨年末の拙文にも記しましたが、クラブ結成から30年を迎えます。
ある意味、節目になるかも知れません。

 既に、作品を動画サイトにて公開しています。
会合で作品を上映という方法では「来ない会員は見れない」訳ですから、前述した動画サイト活用を思いつきました。
ただし、こちらは一般公開ではなく、限定公開です。

 もちろん、会合を止める訳ではありません。
せっかく集うのですから、語らいの場、情報交換の場として活用したいと考えています。
クラブ名称ではありませんが、コミニュケーションが基軸という気持ちで、今年も取り組みます。

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No.1223 今年を振り返る➁ [アマチュアビデオクラブ]

 当クラブ、年が明けると2月に結成から30年を迎えます。
人間に例えるなら、子供から大人へという時期でしょうか。

 結成当時のビデオ機器はアナログ、しかも高価でした。
ある意味、敷居が高かったことも事実です。
しかしながら、創作活動は自らの努力(工夫も含む)が最重要であり機材云々ではありません。

 決して平坦ではなかった道のりですが、過ぎてみれば短いような気がします。
現在のビデオクラブは高齢者中心、核家族化もあって若い人は世代間の交流を好まないのでしょうか。
しかし、それで良いはずはないと思います。

 映像を趣味とする者が作品や記録を残すという姿勢は、己が生きてきた証を次世代に伝えようというという気持ちに他なりません。
とりわけ若い人には、自らが世代間交流を引っ張るくらいの気概を持って欲しいと願っています。

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No.1222 今年を振り返る [雑感]

 最近印象深かったのは、国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」ICAN〈アイキャン〉がノーベル平和賞を受賞したことでしょう。
被爆の惨禍から72年が過ぎ、体験者も減るばかりですから、世界に平和を発信する糸口になればと思います。

 政治的には、民主主義の劣化が目立ったという印象を受けました。
自由闊達なのは良いことですが、利己主義と勘違いしている人が増えているのでは?!

前述した核兵器問題しかり、私たちが安心して日常生活を過ごせることが真の平和です。
その実現に向け、意識を高めていきたいですね。

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No.1221 古い機材で年賀状作成 [パソコン]

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 今年も残り少なくなってきました。
この時期、年賀状を準備する人も多いはず。
私も暇を見ながら作成しています。

 年賀状の作成に使用しているプリンター、WindowsXPが登場した頃の骨董品です。
使用頻度にもよるのか、故障で修理に出したこともありません。

 最近の家電製品などもそうですが、プリンターは修理費用も高く、新品を買った方が得という現実を見るとき、省資源に反しているのではと感じてしまいますね。

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No.1220 廃止から学ぶこと [鉄道]

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 JR三江線(さんこうせん、以下:三江線)は来春の廃止まで残すところ5ヶ月を切りました。
団体列車に乗って、多分最後となるであろう全線往復の機会を得た次第です。

 三江線は島根県の江津(ごうつ)を起点に、広島県の三次(みよし)までを結ぶ108kmあまりのローカル線。
全線が開通したのは1975(昭和50)年の夏ですから、42年あまりしか経過していません。

 広島県から島根県を通って日本海に注ぐ「江の川(ごうのかわ)」、昔は川舟を利用した水運が盛んでした。
明治時代半ばから鉄道敷設の機運が高まり、江津側から工事に着手し、浜原(はまはら、島根県邑智郡美郷町)まで開通したのは1937(昭和12)年秋のことです。

 三次側からも工事に着手しましたが戦争で中断、式敷(しきじき、広島県安芸高田市高宮町)までの開通は1955(昭和30)年の春でした。
その後も工事が続き、口羽(くちば、島根県邑智郡邑南町)まで延伸されたのは1963(昭和38)年初夏の頃です。
その後、浜原~口羽の開通で江津から三次までが結ばれました。

 川沿いに走る三江線は度々の洪水に悩まされ、直近では2013(平成25)年夏の豪雨で鉄橋の橋脚が流失し、翌年夏まで寸断された形となりました。
復旧した翌年の2015(平成27)年秋、JR西日本は三江線の廃止を発表したのです。

 画像は川平(かわひら、島根県江津市)駅ですが、以前は列車の行き違いも可能でした。
18年前、川平を含む計4駅で列車行き違い設備の廃止が行なわれ、運行の制約が増えたことで不便さが助長されました。

 鉄道は廃止されますが、その遺産を有効に活用しなければ先人たちの労苦が無になります。
地方の交通体系を、過疎化や少子高齢化と絡めて考えていきたいですね。

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No.1219 政治家は責任を持つべし [雑感]

 急な解散総選挙ですが、与党の姑息な魂胆が露骨と感じる人も多いでしょう。
この間、首相自らが説明責任を果たさずに「国難」とは、開いた口が塞がりません。
モリ・カケ問題は疑獄事件であり、日報問題はシビリアンコントロールの根幹に関わるはずですが、目先の利益や安易な流言・飛語に惑わされないことが最も大切だと思います。

※参考
◇各党の公文書管理・情報公開に関する公約・政策(要約)

■自民党
・国民への情報公開、説明責任を全うするため、行政文書の適正な管理に努める

■希望の党
・国会及び国の行政機関の情報公開のあり方を抜本的に見直し、例外的に非開示にできる理由を大胆に絞るとともに、公文書管理法を改正し行政文書の恣意(しい)的な廃棄を禁ずることにより、「隠蔽(いんぺい)ゼロ」を断行する
・国民の知る権利を憲法に明確に定め、国や自治体の情報公開を進める

■公明党
・公文書管理のガイドラインを改正し、公文書管理を厳格化し、国民への適切な情報公開体制の整備を図る

■共産党
・「国民の知る権利」の立場にたって、公文書管理と情報公開のあり方を根本からあらためる

■立憲民主党
・政府の情報隠蔽阻止、情報公開法改正による行政の透明化

■日本維新の会
・政権を取れば、先の通常国会に提出した公文書管理法改正案(保存期間を過ぎた公文書を全て公文書館に移すことなどを規定)を実現する

■社民党
・国民の知る権利の観点で情報公開制度と公文書管理のあり方を見直し、透明で公正な行政を目指す 


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No.1218 貴重な産業遺産 [鉄道]

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 井原(いばら)市を拠点に、広島県と岡山県にまたがる井原鉄道が運行されていますが、その昔は沿岸部の笠岡との間に井笠(いがさ)鉄道が走っていました。

 井笠鉄道は1971(昭和46)年春に廃止され、地域住民の悲願であった井原線は国鉄ローカル線廃止の影響で工事凍結が長く続き、井原鉄道として開通したのは1999(平成11)年のことです。
井原鉄道の敷設に際して、一部に井笠鉄道の跡地が活用されました。

 その井笠鉄道に在籍していた車両の幾らかは現存しています。
よく整備された機関車や客貨車がある反面、荒れ放題のディーゼルカーなどが哀れさを誘います。

 広島県境から直線距離にして約10km東の山間に位置する美星(びせい)町、美しい星が見えることを謳い文句にしている町です。
山頂のオートキャンプ場に、短期間なれど井笠鉄道で使用された蒸気機関車が置かれています。

 井笠鉄道の9号機関車で、1910(明治43)年にベルギーで製造・輸入されました。
東北の製鉄所で使用されていましたが、1948(昭和23)年春に井笠鉄道へ譲渡、9号機となった訳です。
井笠鉄道の主力であったドイツ製の機関車に比べ、動輪にかかる重量が大きく線路に負担となることから2年に満たない期間で用途廃止となりました。

 鉄道廃止後は山陽本線の笠岡駅近くに置かれ、井原鉄道開通後に井原駅近くへ移設、そして3年前に前述したキャンプ場にやって来たのです。
露天に置かれ痛みも目立ちますから、何とか貴重な産業遺産を後世に残して欲しいと願っています。
 
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No.1217 思い出を語り継ぐ [鉄道]

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 広島県の三次(みよし)と島根県の江津を結ぶJR三江(さんこう)線、全線開通から43年を前にした来春の廃止が予定されています。
沿線の口羽(くちば)公民館で企画展が開催中です。※9/28まで→10/10までに延長!!

 公民館のロビーを使った会場ですが、欲張らない展示には好感が持てました。
キャッチフレーズは『ありがとう三江線 そしてみんなの思い出を語り継ごう』、地域の人の思いが込められていると感じます。

 近所の高齢者が待ち合わせのため立ち寄っていましたが、「地域で誘致した鉄道が廃止されるのは寂しい」と話していたのも印象的です。
過疎化に拍車をかけるローカル線切り捨て、これ以上進まないことを強く望みます。

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No.1216 忘れてはならぬこと [歴史]

 盆休みも終わり、普段通りの生活に戻ったという人も多いと思います。
8月15日前後は戦争~終戦を意識したTV番組、新聞記事などを見る機会が増えました。
しかし、一週間、そして半月と過ぎれば、潮が引くように見られなくなります。

 日本が正式に降伏したのは1945(昭和20)年9月2日、東京湾横須賀沖に停泊中の米軍戦艦上で行なわれた降伏調印です。
8月15日を過ぎても外地では兵士に加え、現地で暮らしていた邦人も不安な状況だったと聞きます。
国内でも徹底抗戦を叫ぶ勢力が居たりして、混乱していました。

 そのようななか、朝鮮(現在の韓国)に駐留していた兵士が日本に向けて脱出した逸話が残されています。
鹿児島の出水海軍航空隊は朝鮮の光州に移動していましたが、当時17~8歳の少年兵たちが祖国に向けて脱出を図りました。

 8月下旬、釜山港に集まっていた邦人のうち、約70名と共に借り上げた漁船で祖国を目指したのです。
エンジントラブルはあったものの、嵐にも遭わず、3日がかりで山口県の角島に到着しました。

 当時の角島に本土とを結ぶ橋は無く、地元民の計らいで本土に渡り、やってきた憲兵に朝鮮からの脱出と経緯を説明するとともに、拳銃や軍刀を引き渡し、憲兵から復員に必要な「帰郷証明書」と「無賃乗車券」を貰ったそうです。

 その後、空襲で焼け野原となっていた下関に行き、手持ちの外貨を日本円に交換しようと試みるも目当ての税関や銀行も焼けて営業休止。
時あたかも埠頭には朝鮮に帰ろうとする人たちが多く居て、彼らの日本円と交換した逸話も残されています。

 あれから72年、彼らが存命なら90歳、一緒に帰国した人々も子供を除けば他界した方が多いと思います。
約80名が全員無事に帰国できたこと、これも戦争の歴史です。

※参考文献 『関門 焦土の記憶』

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No.1215 愚行を繰り返さないために [雑感]

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 広島の惨禍から72年を迎えようとしています。
先月ですが、国連本部で開かれていた核兵器禁止条約制定に向けた交渉会議は最終日の7日、条約を賛成多数で採択しました。
残念なのは原爆投下の被害を受けた日本が、アメリカの「核の傘」に依存しているとして不参加だったことです。

 核兵器の保有・使用の禁止はもちろんですが、原発も廃棄物処理が困難ですから、将来を考えたら廃止の選択肢しかないと思います。
しかしながら、利権絡みでお題目は「地域経済」云々と、「今だけ・金だけ・自分だけ」という発想が横行している現状を見た時、これでは良くないと考える人は多いはず。

 自然災害の多くは人為的に防ぐことも難しい訳ですが、核兵器や原発を無くすることは不可能な話ではありません。
人類の英知と決断を活かしたいものですね。


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